ブログを始めてみました & 『ネコチャン』について
はじめまして、コロリ子です。
思い立ってブログをはじめてみました。
『50年後に楽しく今を思い出すために』をテーマに、将来「この時はこんな事考えてたなー」と思い出せるような徒然の倉庫にしていきたいと思っています。
記事の内容は、とりあえず毎回ひとつお題を決めて、そのお題についてなんとなーく連想することを書いてく形でやってみようと思います。ヨロシクネ。
最初の投稿は『ネコチャン』について。
さて、ネコチャンとは何ぞやという話ですが、ずばり猫のことです。なぜネコチャンと書くのかって? おめぇそりゃ、ネコチャン表記が好きだからよ……。
ネコチャンという生き物とのファーストコンタクトは、私が0歳の頃に遡ります。
近所に住んでいる祖父母が、縞模様の猫を飼っていました。(すでにネコチャンと打つのが面倒くさくなったので、ここからは猫表記に屈しました。)
彼女(雌だったの)はほっそりとした美人で、周りに媚びずいつでも手の届かない棚の上にいて、数日に一度、気が向いたように鼻先をこちらに向けてくれるような猫でした。
私は喋れるようになってから、彼女がなくなるまでの17年間、彼女のことをずっと名前ではなく「姉上」と呼んでいました。なんかこう、そういうのに憧れる子供だったんでしょうね。いやあ美人だった。
猫というものは、みんな彼女みたいに媚びないものだと思って育ちました。
彼女が亡くなってから5年ほどして、今度は自分でオス猫を飼い始めました。そしたらまあ、腹は見せるわ甘えてくるわ布団には入ってくるわでびっくり。
考えてみりゃ、猫だってそれぞれ性格がありますもんね。人それぞれ、猫それぞれ。
言葉ではわかっていたはずなんだけど、実際に体験して初めて実感しました。
あれから自分でも猫を飼ったり、ボランティアで預かったり、何匹かの猫と同じ屋根の下で暮らしてきました。今も、ソファの上で白黒の家族が毛づくろいをしています。
今日は、美しい私の姉上の命日です。
彼女が美しいままこてんと首を下げてから、もう10年近くが経つけれど、姉以上に美しい猫にはきっとこの先も会えないでしょう。
同じように、初めて自分の手で世話をした黒猫以上にカッコいい猫も、壁に爪痕を残していった白猫以上にたくましい猫にも、会えないのだと思います。
誰にでも、そういうものがあるのだと思います。
美しい姉上へ。
たった一枚の画質の荒い写真でも、あなたの横顔と縞模様と美しいことは、いつになっても一目瞭然です。あなたを思い出しながら、今日はツナ缶サラダを食します。
しっぽのない妹より。
満足したのでこれにて。